2025年2月3日(月)、「カーボンクレジットの最前線 先進企業の取組講演」(カーボンオフセット都市ガスバイヤーズアライアンス主催)がホテルニューオータニ(東京)(東京都千代田区)にて開催された。ゲスト企業として、シルベラ社からはカーボンクレジットの質について、ヤマト運輸株式会社からはカーボンニュートラル配送、そして株式会社セールスフォース・ジャパンからはカーボンクレジットの活用について、事例を織り交ぜながら取り組みが紹介された。
講演会に先立ち、会の主催者を代表して東京ガス(株)ソリューション共創本部長 菅沢伸浩氏が挨拶した。「東京ガスでは、ソリューション事業ブランド『IGNITURE』の下、カーボンオフセット都市ガスを提供させていただいています。多くのお客さまにご採用いただき、バイヤーズアライアンス加盟の法人様も91社まで拡大しています」と、冒頭に参加者に感謝を伝えた。2019年に日本のエネルギー事業者として初めて、2050年ネットゼロを宣言。2024年には「カーボンニュートラルロードマップ2050」を策定し、2050年に向けたカーボンニュートラルへの道筋を公表した。「CO2削減、あるいは省エネを徹底的に進め、洋上風力やeメタンといった取り組みに力を入れていきます。残ってしまったものは、オフセットしていく手段が有効であり、当社はカーボンクレジットの質を大事にしていきたいと考えています」。カーボンニュートラルは一社でできるものではなく、バイヤーズアライアンスの仲間が力を合わせて共に歩んでいくことが重要だと、菅沢氏は強調した。
東京ガス(株)ソリューション事業推進部長 岩田 哲哉氏からは、日本のエネルギー政策の動向や東京ガスのカーボンクレジットの取り組みなどが語られた。エネルギー政策の背景として、「日本のエネルギー政策はS+3Eが基本ですが、震災、自由化、カーボンニュートラル宣言、ロシアによるウクライナ侵攻などの時代によって、軸足を置かれるイシューは変わっています。」と歴史を振り返りつつ、現状については、「日本のGHG排出量の削減は順調ですが、エネルギー使用量は減っているものの、非化石比率は想定通りに高まってはいません。脱炭素に向けたイノベーションのハードルを踏まえ、7次エネルギー基本計画では複数のシナリオ、幅を持った計画になっています。」と、日本のGHG排出量や第7次エネルギー基本計画の要点も紹介した。また、東京ガスのカーボンクレジットの取り組みとして、「洋上風力など、コスト上昇からプロジェクトの停止事例も出てきており、理想と現実のギャップを認識しつつある状況です。脱炭素の実現に向けては、様々な手段を幅広く構えることが肝要であり、その一つとして質の高いカーボンクレジットの活用は日本にとっても、当社にとっても重要な位置づけです。質を確保するために、基準の明確化や、調達から創出への参画も強化しています。」と説明した。
シルベラ社
ルイス・ブース 氏
カーボンクレジットの格付け企業であるシルベラ社のルイス・ブース氏からは、カーボンクレジットの質が意味するもの、今後の市場の展望などについて解説していただいた。
カーボンクレジットにまつわる、2万件以上のプロジェクトのデータを有するというシルベラ社。ルイス氏はアジア太平洋地域のCEOとして、シンガポールを拠点に活動している。イギリスに本社を構える同社は、日本企業との取引も活発で、今年には東京にもオフィスを設置する予定だという。「私たちのミッションは、深刻な環境課題への投資を促進させること。第三者機関として、カーボンクレジットの質を提示することで、その信頼性を高めていきたい」と、企業の投資判断のサポートを行うシルベラ社の取り組みを紹介するルイス氏。「どのプロジェクトが良くて、悪いのか。それを明確にするのが当社の役割であり、今日出席されている脱炭素に取り組む皆様にとっても大きな関心事ではないでしょうか」。シルベラ社では、森がきちんと保全されているか、植林がなされているのかなど、マルチスケールLiDARなど最新技術を駆使して調査を実施している。良いプロジェクトの例として、インドネシアの「カティンガン・メンタヤプロジェクト(Katingan Mentaya Project)」を挙げ、コミュニティーや生物多様性への貢献からの観点からも、大変良い格付けを獲得していると、ルイス氏は評価した。
今後のカーボンクレジットの市場動向については、クレジットの需要が高まる一方、供給が追い付かないことが予想されるという。「2024年は記録的な年で、多くの企業がカーボンクレジットを利用しました。エネルギーコストの上昇によって、再び気候問題に目を向けはじめ、クレジット利用に積極的になっているのです」。プロジェクトの約70%がアジア太平洋地域に集中し、近隣諸国がカーボンクレジットを開発して森林を保護している、そして再生可能エネルギー利用の需要が高まっていることから、ネットゼロを掲げる日本企業にとってもプロジェクトに投資する大きなチャンスだとルイス氏は語った。
最後に、カーボンクレジットの質が年々向上し、成熟した市場になりつつある現況を紹介。再生可能エネルギーや森林保全がベースになっている市場において、今後はBECCSやDACなど、プロジェクトタイプが多様化していくとルイス氏は予想する。それを実現する日本の技術に期待したいと述べ、講演を締めくくった。
ヤマト運輸株式会社
執行役員(グリーンイノベーション開発、サステナビリティ推進 統括)
福田 靖 氏
宅急便事業を国内外で展開するヤマト運輸からは、気候変動緩和に貢献するカーボンニュートラル配送の取り組みを中心に、GHG排出量削減への道筋について紹介していただいた。
「物流事業者は多くの車両を使って事業を行うためGHG排出量が多く、自社のGHG排出量を削減することで、法人のお客さまのサプライチェーン全体のGHG排出量削減に貢献する必要がある」と、ヤマト運輸が脱炭素に取り組む理由を語る福田氏。まずは自社の取り組みとして、荷物の集配業務で使用する車両については化石燃料を使うディーゼル車からEV(電気自動車)への切り替えを進めている。また、幹線輸送におけるモーダルシフトも推進している。創業100周年を迎えた2020年、ヤマトグループは環境ビジョン「つなぐ、未来を届ける、グリーン物流」を掲げ、EVや太陽光発電設備の導入をはじめとした脱炭素への取り組みを強化してきた。2024年には中期経営計画「サステナビリティ・トランスフォーメーション2030 ~1st Stage~」を発表し、経済価値、環境価値、社会価値を掛け合わせることで、持続可能な未来の実現に貢献する決意を鮮明にした。2050年にGHG自社排出量実質ゼロ、2030年にGHG自社排出量48%削減(2020年度比)を目指す上で、福田氏は23,500台のEV化を急ぎたいと語る(2025年1月末時点で約3,500台を導入)。
「宅急便を利用するお客さまのニーズも、サービスの利便性だけでなく環境配慮が求められている。気候変動に配慮した輸送サービスを提供することで、社会全体の気候変動緩和に貢献したい」。そこで開始した取り組みが、「カーボンニュートラル配送の宅急便」だ。宅配便3商品(「宅急便」「宅急便コンパクト」「EAZY」)は、国際基準ISO 14068-1:2023に準拠した世界初※のカーボンニュートラル製品(サービス)である。ヤマト運輸は、GHG自社排出量削減に取り組んだうえで、未削減の排出量について事業で得られた資本を環境プロジェクトに投資し、オフセットを実施している。こうした取り組みから、お客さまの期待も高まっているという。「今後はさらに、荷物単位でのスコープ3の削減量を把握したいとのお客さまの声に応えられる商品をつくっていきたい」と、福田氏は意気込みを語った。
※ BSIジャパン調べ
「知って、減らして、オフセット」
気候変動緩和に向けた取り組みを推進し、持続可能な未来をつくりたい
宅配便3商品のカーボンニュートラルの取り組みについて、同社はGHG排出量を算定することから開始した。そしてGHG排出量を削減するための2050年度までのロードマップを策定し、主要施策を掲げて各取り組みを進めている。また、自社の脱炭素の取り組みの経験を生かし、EVライフサイクルサービスや共同輸配送プラットフォームの提供に力を入れている。EVライフサイクルサービスとは、同社が築いてきたEV導入などのノウハウを生かし、商用車を使用する事業者の脱炭素化を支援するというもの。共同輸配送プラットフォームを提供する「Sustainable Shared Transport株式会社」は、持続可能なサプライチェーンの構築に向けて2024年5月に設立された会社で、商業貨物においても、混載や中継拠点を介した幹線輸送の定時運行を実現させることで、需要と供給を最適化するプラットフォームを構築している。
「まずは自分たちの現状のGHG排出量を知って、どのような施策で削減できるのかを検討し、手法を確立していく。それでも削減できなかった排出量をオフセットしていくという三段論法で取り組んでいます」。「知って、減らして、オフセット」※というキーワードに沿って、取り組みを紹介した福田氏は、「多様なパートナーとともに気候変動緩和に向けた取り組みを推進し、持続可能な未来をつくっていきたい」と、最後に力強く抱負を述べた。
※ 環境省ホームページURL:https://www.env.go.jp/content/000209289.pdf
株式会社セールスフォース・ジャパン
ESGインパクト担当 執行役員 遠藤 理恵 氏
サステナビリティ ソリューション推進室長 西田 一喜 氏
クラウドのプラットフォームやアプリケーションを開発する株式会社セールスフォース・ジャパンの遠藤氏、西田氏からは、ビジネスを通じて社会を変えるという同社の理念に基づいた、社会や環境への取り組みについて紹介していただいた。
ビジネスは社会を変えるための
最良のプラットフォームである
カーボンニュートラルの達成には、ビジネスのステークホルダーはもちろん、さまざまなセクターにおいて協力、アクションしていくことが大切だと語る遠藤氏。同社が事業を通して提供する「信頼」「カスタマーサクセス」「イノベーション」「平等」「サステナビリティ」の5つのコアバリューの紹介から講演は始まった。コアバリューに「サステナビリティ」が追加されたことで、あらゆる部門の社員が日々の業務の中でサステナビリティの実現を意識するようになったという。「ビジネスは社会を変えるための最良のプラットフォームである」。同社の会長 兼 CEOを務めるマーク・ベニオフ氏の言葉を引用し、社会をより良くするために実践している一例として「1-1-1モデル」を紹介した。これは、株式の1%を非営利団体に助成し、就業時間の1%を社員がボランティア活動に当て、そして製品の1%を非営利団体に寄贈や割引価格で提供する統合型社会貢献モデルで創業当初より実践している。この取り組みは現在、「Pledge 1%」というムーブメントとして、世界中の1万8千を超える企業がこの取り組みに賛同し、参画しているという。
2021年にバリューチェーン全体でのネットゼロを達成、そしてグローバル事業全体での再生可能エネルギー化100%を達成した同社では、サステナビリティ戦略として排出削減やイノベーションなどの優先項目を掲げている。気候と自然は表裏一体であり、カーボンクレジットは両方の課題解決につながるキーだと語る遠藤氏。「GHG排出量を削減していくことが最も大事だと考え、残余排出量についてはクレジットを活用しました」と、ネットゼロへの過程を紹介した。GHG排出量を把握する上では、自社でアプリケーションを開発し、データを可視化した。こうしたESGデータを一元管理するテクノロジーを製品化し、顧客のネットゼロを支援している。また、1兆本の樹木回復プロジェクト「1t.org」という世界の1兆本の保全、再生、育成する取り組みを世界経済フォーラムとともに開始。現在は、90社近くの世界の名立たる企業が参画し、非営利団体や地域社会に資金を供出している。さらに、世界経済フォーラムとともに、社会課題の解決を目指すスタートアップ企業があらゆるリソースにアクセスできるプラットフォーム『UpLink』を構築。専門家のアドバイスを受けられるようにすることで、イノベーション創出も後押している。
続いて、同社のカーボンクレジットの取り組みが西田氏から紹介された。米国トランプ大統領就任を機に、化石燃料増産、パリ協定離脱など、脱炭素化に反する動きが広がっていることを憂慮する西田氏。一方で、同じ米国でもグリーンディールによって何千億ドルもの投資が促進され、何十万人もの雇用を生んでいる状況にも触れた上で、「脱炭素やGXを取り巻く外部環境が二面性を強める中、企業にとって本気度が問われる時代になった」と潮流を語る。2017年からカーボンクレジットを購入しているSalesforce社。「クレジットは企業が社会の脱炭素化に直接貢献できる手段だと認識している。Salesforceは、特に自然分野や炭素除去といった、それだけでは経済価値を生まない部分にクレジットを介して貢献していく」と、西田氏はその利点を強調した。
同社では、年間120万トンのGHG排出量をスコープ1、2、3で計上し、その排出削減を加速させるために、カーボンクレジットの取り組みを拡大、高度化させている。「シルベラ社のような格付け機関の情報の活用や、供給者についても調査しながらクレジットの質を見極めて、契約条件を緻密に詰めて意思決定しています」。森林以外にも、海の炭素吸収効果に着目したカーボンクレジット「ブルーカーボン」や、さらに、コスト競争力のあるCDR(二酸化炭素除去)業界をつくるための取り組みも開始。2040年のGHG削減長期目標を見据えて、ネットゼロ達成に必要なCDRやカーボンクレジットをスケールさせるために、Salesforceは他の需要家やサプライヤーとの連携を図っていくと西田氏は展望を語った。
シルベラ社、ヤマト運輸、セールスフォース・ジャパンの講演の後には、参加者から質問が寄せられ、カーボンクレジットや脱炭素化に取り組む強い意思が会場全体にみなぎっていた。講演会後は懇親会も実施され、参加者同士で活発に情報や意見交換がなされた。
社会福祉法人ぱる 菅野 南さま
カーボンクレジットの質を担保していくという視点が新鮮で、学びになりました。また、ヤマト運輸様のように、カーボンニュートラルの取り組みを、しっかりとお客さまに知っていただくことも大事ですね。どのようにアピールしていくか、バイヤーズアライアンスの皆様との交流の中で、お知恵を拝借したいです。
サントリーモルティング株式会社 岩下 浩さま
CO2を減らし、補完的にカーボンクレジットを使っている企業のお話を伺うことができ、製造業の当社もあらためて取り組みを強化していきたいと思いました。カーボンクレジットの透明性が増し、信頼度が高まっている現況も伺ことができ、とても有益な会でした。
昭島市 岡本 匡弘さま
民間事業者のカーボンニュートラルへの取り組みにおいて、さまざまな工夫を知ることができ、勉強になりました。2050年カーボンニュートラル実現を掲げる昭島市では、地域全体での機運醸成が求められていることから、企業の皆様の活動を知ってもらえる取り組みも進めていきたいです。
大鵬薬品工業株式会社 烏谷 昌平さま
カーボンクレジットの質について、とてもロジカルに評価されていることが分かってよかったです。私たち企業も、きちんと見極めることが重要だと再認識しました。バイヤーズアライアンスの講演会は、ちょうど今知りたい、社会の動向を捉えたテーマが設定されていて、大変勉強になりますね。